東京農村ブログ

これ誰のトマト?東京産のトマトを食べ比べ![農家と食べようin東京農村 イベント開催レポート]

東京農業の発信施設「東京農村」(赤坂見附)にて、6月16日に一般の方を対象にしたイベントである、

「これ、だれのトマト?東京トマト食べ比べ!5軒のトマト大集合!」~農家と食べようin東京農村~が開催されました。


 トマトを食べることが大好きな方がトマトの食べ比べを通して、「どんな品種やどんな工夫だと、どんな味になるのか?」をじっくりと感じていただき、

さらに東京・府中市で、美味しいトマト作りに励む新進気鋭の農家・小勝正太郎さんをお招きして、トマトの栽培についてお話を聞き、トマトに対する理解をさらに深める時間となりました。


トマトの食べ比べでは、東京でトマトを生産している5名のトマト(桃太郎、桃太郎プレミアム、麗夏、りんか409、サンロード)を使用させていだだき、品種や栽培方法によってどのような味の変化があるのかを楽しんでいただきました。

参加者の皆さんはトマトを日頃からたくさん食べていますが、それでも味の違いを判断するのは難しく、美味しいと言いながらも首を傾げながら食べている光景はとても印象的でした。


その後は小勝さんにトマト栽培についてお話をしていただきました。

小勝さんの栽培するトマトの美味しさの秘訣、トマト栽培の技術的なハードルや、農薬と光合成の工夫についてお話をしていただき、その中でも光合成の研究と体にやさしい農薬の紹介が印象に残りました。

ハウスには光合成を効率よく行うための環境制御装置がついており、湿度が下がると小勝さんの所持している携帯に警報メールが入る仕組みになっているそうです。

また、農薬においても食用ヤシ油や、納豆菌の仲間など、人間が食べれる材料で作られているものを使用しており、一概に農薬は悪であるという考えではなく、工夫しながら農薬と上手く付き合っていくという考えにとても感心しました。



最後は、旬の素材が自慢のイタリアンバル『東京野菜キッチン SCOP』の星野允人さんが東京都産のトマトを使用した料理を囲みながら、小勝さんと交流を深める座談会を行いました。農家さんと消費者である参加者の方々が実際に交流を深める機会はあまりないため、とても貴重な時間となりました。


東京産のトマトを実際に生産している農家さんの前で食べ比べすること、栽培方法を農家さん自身から説明していただくこと、そしてその農家さんと実際にお話をしながら料理を食べること、このイベントの全てが新しく、とても貴重な時間になりました。

今回の反省も踏まえて、是非第二回も開催させていただきたいと思っております。

協力していただいた生産者の方々、そして参加していただいた皆様、誠にありがとうございました。

エマリコくにたちインターン生 秋草 楠

オーガニックシティのこれから[東京農サロン・スペシャル開催レポート]

このたび、東京農村が4周年を迎えました。それを記念し6月15日に開催されたのが、東京農サロンスペシャル(次代の農と食をつくる会共催)。 “東京をオーガニックシティに?緑の食料システム戦略、初めの一歩”をテーマに、「次代の農と食をつくる会」から事務局長の間宮俊賢さんと代表理事の千葉康伸さんをお招きし、みどりの食料システム戦略や有機農業についてお話をしていただきました。

 

 



(左:間宮さん 右:千葉さん)

 

 

 

次代の農と食をつくる会って?

 多種多様なバックグラウンドを持ったメンバーから結成され、多様な生命や暮らしのあり方を認め、尊重し合う社会の基盤となる「次代の農と食」の新たな価値を創造・実現するために、様々な事業を行っているそうです。

 

代表理事の千葉さんは異色な経歴の持ち主。30歳で脱サラ後、の有機農業研修を経て、2010年に神奈川県愛川町で新規就農をスタート。今では有機J A Sも取得し、研修生6名と共に年間50種類の野菜を栽培されています。

 

 

 

みどりの食料システム戦略って?

みどりの食料システム戦略では、農林水産業全体の生産力を持続可能性と矛盾することなく高めていくことを目標としており、10年ごとに達成すべき目標が設定されています。そして、最終的に「2050年までに目指す姿」が具体的に示されており、30年後の農業の方向性を見据えた戦略となっています。

その中の取り組みの一つとして挙げられているのが、有機農業なのです。市町村での有機農業への取り組みを推進していたり、中間目標として、2030年までに化学肥料を2割減らすことを掲げています。

 

 

 

サステナブルな社会と有機農業の提案

 さて、みどりの食料システム戦略で挙げられていると言っても、有機農業をすること自体が大切なのでしょうか。そうではないと千葉さんは言います。農業や農法には色々な種類があり、それぞれに提唱者がいて、各農家で使える資源も異なります。だからこそ、農法の否定により農家さんを分断するのではなく、SDGsを意識した新たな価値を見出すことが大切なのだそうです。ニーズは異なるけれど、一番は消費者さんに“美味しい”と“旬”を届けるということ。あくまでもその手段としての有機農業。千葉さんの熱い言葉に、農サロンの参加者の皆さんは大きく頷いていました。

 

有機農業ってどうやってやるの?

 千葉さんは主に二つの有機栽農業において二つの工夫をしているそうです。

第一に土づくり。土づくりは化学性・物理性・生物性の化学だそう。光のエネルギーの循環に重きを置いて、茅をチップにしたり、籾殻・雑草・緑肥・地域資源などを土に還元したりしているそうです。まさにサステナブルな農法です。

 

第二に資材を用いての除草。防草シートを用いることで、草取りをする手間も減るのだそうです。また畑の通路が空いていれば麦を敷くこともあるそうです。

 

最後に有機農業をやる上では、植物生理を理解し土に合った作物を作ることや、時期にあった資材や作物を作ることが大事だと力強く話しておられました。

 

 

 

今回はサステナブルな社会に向かう手段としての有機農業について、生産者目線でお話いただきました。

 

 またこの先の未来に豊かな環境を残すために、消費者としては何ができるかを改めて考え直すきっかけになりました。

Written by エマリコくにたちインターンT

さまざまなことに挑戦! 知られざる武蔵村山農業のこれから[東京農サロン ネオ開催レポート]

奇数月に開催している東京農サロン・ネオ。今回は5月18日に開催され、今回は「武蔵村山市、多摩開墾56ヘクタール! 市街化調整区域農業のこれから」というテーマのもと、武蔵村山市で小松菜の周年栽培を中心に年間50品目以上を栽培している荒幡 善政さんと、武蔵村山市農業委員であり、援農ボランティアやNPOによる子どもカフェ事業をとおして市内の農業と地域をつなぐ活動に取り組んでいる安彦 祥子さんに登壇していただき、武蔵村山市の知られざる魅力について深掘りしてきました!


東京都の多摩地域北部に位置しており、狭山丘陵を挟んで埼玉県と接している武蔵村山市。東京都で唯一鉄道が通っていない市だそうです。


多摩開墾ってなに?


多摩開墾とは武蔵村山市南西部に位置している、1900年初期に開墾された、袋小路状の広大な敷地です。

多摩開墾内は基本的に利用者しか入らないため、荒幡さんは多摩開墾内に入ってくる車が利用者の車なのか、それとも一般の車が迷い込んでしまったのか区別ができるようになったそうです。

多摩開墾内は土地の所有者さん一人一人の努力により、素敵な景観が保たれているそうです。とても素敵な場所だと荒幡さんは自信を持って仰っていたので、機会がある方はぜひ足を運んでみてください!



安彦さんは10年ほど前に武蔵村山市に引っ越し、安彦さんの姉が立ち上げたコミュニティの地産地消イベントが農業と深く関わるきっかけになったそうです。

その後、荒幡さんのもとであらはたやさい学校のスタッフとして働くことになり、現在では、農業生産力の発展及び農業経営の合理化を図り、農業者の地位向上に寄与することを目的とする武蔵村山農業委員会に所属しています。


荒幡さんは学生時代、親が畜産業を営んでいたことから、畜産学校に入学したものの、突然父親から、畜産業を辞めると言われ、卒業後に有機省農薬栽培の勉強を始めたそうです。


生徒が野菜のあらはたやさい学校


あらはたやさい学校は、種まきを入学、出荷納品は卒業、移植はクラス替えなど、野菜の成長を学校生活と照らし合わせ、「働いている私たち、そして集う人たちが、野菜を通していろいろなことを学んでいけたら」という荒幡さんの願いが込められた農園の名前となっていて、実際の学校ではありません。

 

あらはたやさい学校では現在、小松菜の周年栽培をメインに約50品目以上の野菜が育てられており、これからもさまざまな野菜に挑戦していきたいと話しておられました。

また、有機の小松菜の周年栽培は、野菜の病気や害虫の観点から非常に難しいと言われています。しかし荒幡さんは、ビニールハウスのビニールに工夫を施し、太陽光と湿気を使って害虫を増やさない栽培方法を行い、農薬を使わなくても小松菜の周年栽培を可能にしています。

また、「むれやまだし肥」という肥料を作っており、地元のうどん屋さんから出るダシガラと、ビールの麦芽かすを主成分としています。

荒幡さんはこれからもいろいろなことにチャレンジをしていきたいと力強く話していました。


今回も私の知らない東京の農業の世界を知ることができました。

私も多摩開墾に足を運んでみたいと思います!

東京の農地を守る!”一歩先行くJA”の奮闘[東京農サロン ゼミ第4回開催レポート]

偶数月に開催されている東京農サロン・ゼミ。今回は4月20日に開催され、”都市農地の防衛最前線。一歩先行くJAの奮闘”をテーマに、世田谷目黒農業協同組合 資産サポート部 資産相談課の坂本康介にお話をお伺いし、これからの都市農地の未来について参加者の熱い議論が繰り広げられました。


坂本さんは元々広島信用金庫に勤めておりましたがその当時、世田谷目黒農協に勤めていた坂本さんの友人の結婚式に参加した際、他にも参加していた世田谷目黒農協の役職員さん同士の距離の近さや、アットホームな雰囲気に他との金融機関との違いを感じ、退職後、世田谷目黒農協へ入組しました。



世田谷目黒農協って何をしているの?


農地の減少を防ぎ、農業を安心して行うことのできる環境づくりをすることであることを1番の目的として、それに基づくさまざまな事業を世田谷目黒農協は行い、事業の黒字化を目指しています。

この明確な目的を持っている農協は実はあまり多くありません。また、農地の減少を防ぐことが、世田谷目黒農協の1番の目的であることを社員全員がすぐに答えられるようになっていると坂本さんは話していました。


また、世田谷目黒農協の組合員である農家さんは、職員に対して営農についての相談はあまり多くなく、税金や相続についての相談が多かったため、資産サポート部を作り、現在では税金や相続の問題について詳しい専門家と組合員を繋ぐ役割をしています。 


その他にも農地を守る事例として、宅地を農地への逆転用を行っています。生産緑地に転用する例は、多くはないものの、1年に2〜3件実績としてあり、これを数年間継続して行っているそうです。

さらに、世田谷目黒農協自ら体験農園の畑を作り、その運営も職員が行っているそうです。体験農園は民間の方でも運営をしている例がありますが、農協が率先してその事業を行うことにより、農地を手放さない例を作ることも目的としています。




組織全員で作り上げるセタメ

農業協同組合は英語表記の頭文字を取って”JA”と呼ばれることが多く、この呼び方ならみなさんも聞いたことがあると思います。

この呼び方は、横文字の企業名にすることが流行りであった平成初期に、農家だけではなく、みなさんといっしょに地域のくらしづくりをしていくために、親しみやすく覚えやすい名前にしようという思いがきっかけで”JA”という呼び方が生まれたそうです。

しかし坂本さんは、「本来農協というものは組合員に頼りにしてもらうものであり、我々は農業協同組合であるという精神のもと、事業を展開しています。」と話しており、JA世田谷目黒ではなく、世田谷目黒農協という意識で働いています。


“一歩先行くJA”と呼ばれている理由として、世田谷目黒農協が農地を守るためにさまざまな事業をおこなっていることが1番に挙げられますが、今回坂本さんの付き添いという形で、世田谷目黒農業協同組合 代表理事理事長である上保 貴彦さんが参加していただき、坂本さんのサポートを行っていました。このように、職員の近くに役員や理事長がいることによって、会話の中で職員一人一人が成長できる環境づくりができていることも、他の農協にはない素晴らしい点だと思いました。






足立のツマモノ 知られざる足立区農業の魅力![東京農サロン・ ネオ開催レポート]

奇数月に開催している東京農サロン・ネオ。今回は3月19日に開催され、”足立区のツマモノ・あだち菜 知られざる足立区農業の実力とは?”をテーマに、豊洲市場でワケギの周年出荷や、時期によってはツマモノを出荷し、他にも季節野菜を庭先販売している横山辰也さんと、足立区の学校給食に小松菜を提供している宇佐美大さんにお話を伺い、まだ知らない足立区農業の魅力を深掘りしていきました。


足立区は23区内で練馬区、世田谷区に次いで農家総数、農地面積共に3位であり、和食料亭には欠かせない「足立のツマモノ」や歴史的背景から「あだち菜」と呼ばれている足立区産の小松菜が有名となっています。


横山さんも小松菜をメインとして栽培し、そのほかに枝豆、トマト、ツマモノとして使われているムラメ、細ネギなど多くの種類の野菜を栽培しています。

ツマモノとはお刺身についている大根など、料理を引き立たせるものとして使われております。

横山さんは、収穫した野菜を近所の方と協力で運搬することによって、費用の削減を行っているそうです。

また宣伝活動は、SNSを中心に行っており、その中でも「FB足立区いいね!!」というFacebookコミュニティやYouTube撮影など、消費者に近づいた形で行っています。



宇佐美さんは収穫割合のほとんどを小松菜が占めており、1日200キロ、月4トンの収穫量があり、足立区内でナンバーワンの数字となっています。

およそ15年前、宇佐美さんのお父さんが収穫した小松菜を大田市場に納品していましたが、市場で設定される値段にあまり納得がいかず悩んでいたそうです。

しかしその当時、地元の小学校の社会科見学に同行していた栄養士の方が地元で採れる小松菜に魅力を感じ、ぜひ学校給食に使わせて欲しいと熱烈なオファーが来たことをきっかけに、現在では収穫した小松菜の9割を学校給食に届けているそうです。

元々は出荷も宇佐美さん自身が行っていましたが、現在は業者の方に依頼をしてその結果、時間の削減や、立地の悪い小学校へも届けることが可能になったそうです。


農業関係者の中で、足立区で収穫される小松菜は「あだち菜」と呼ぶことが主流ですが、足立区内の農家さんはほとんどその呼び方をせず、シンプルに小松菜と呼んでいるそうで、私の中ではそのギャップが面白かったです。

今回も新たな農業の形を話していただき、非常に勉強になりました。



エマリコくにたちインターン生 秋草楠

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